泌尿器科:前立腺癌とは

○前立腺について
前立腺は男性のみにある臓器です。膀胱の下に位置し、尿道のまわりを取り囲んでいます。栗の実のような形をしています。


前立腺は精液の一部に含まれる前立腺液をつくっています。前立腺液には、PSAというタンパク質が含まれています。ほとんどのPSAは前立腺から精液中に分泌されますが、ごく一部は血液中に取り込まれます。


○前立腺がんとは
前立腺がんは、前立腺の細胞が正常な細胞増殖機能を失い、無秩序に自己増殖することにより発生します。早期に発見すれば治癒することが可能です。また、多くの場合比較的ゆっくり進行します。


近くのリンパ節や骨に転移することが多いですが、肺、肝臓などに転移することもあります。


前立腺がんの中には、進行がゆっくりで、寿命に影響しないと考えられるがんもあります。がんではない、ほかの原因で死亡した男性を調べた結果、前立腺がんであったことが確認されることがあります。このように、生前にはがんが見つからず、死後の解剖によりはじめて見つかるがんをラテントがんといいます。


○症状
早期の前立腺がんは、多くの場合自覚症状がありません。しかし、尿が出にくい、排尿の回数が多いなどの症状が出ることもあります。


進行すると、上記のような排尿の症状に加えて、血尿や、腰痛などの骨への転移による痛みがみられることがあります。


○検査
1)PSA検査は前立腺がんを早期発見するための最も有用な検査です。がんや炎症により前立腺組織が壊れると、PSAが血液中に漏れ出し、増加します。血液検査でPSA値を調べることによって前立腺がんの可能性を調べます。


PSAの基準値は一般的には0~4ng/mLとされています。ただし、年齢によって基準値を下げる場合もあります。PSA値が4~10ng/mLをいわゆる「グレーゾーン」といい、25~40%の割合でがんが発見されます。PSA値が10ng/mL以上の場合でも前立腺がんが発見されないこともあります。また、4ng/mL以下でも前立腺がんが発見されることもあります。100ng/mLを超える場合には前立腺がんが強く疑われ、転移も疑われます。


PSAには、遊離型PSA(free PSA)と結合型PSA(complexed PSA)があります。総PSA(total PSA)に対する遊離型PSAの割合(F/T比)は前立腺のほかの病気(前立腺肥大症など)との鑑別に用いられています。F/T比が低い場合は前立腺がんの可能性が高くなります。


2)直腸診・経直腸エコー(経直腸的前立腺超音波検査)
直腸診は、医師が肛門から指を挿入して前立腺の状態を確認する検査です。前立腺の表面に凹凸があったり、左右非対称であったりした場合には前立腺がんを疑います。経直腸エコーは、超音波を発する器具(プローブ)を肛門から挿入して、前立腺の大きさや形を調べる検査です。


3)前立腺生検
自覚症状、PSA値、直腸診、経直腸エコーなどから前立腺がんの疑いがある場合、最終的な診断のために前立腺生検を行います。前立腺生検では、超音波による画像で前立腺の状態をみながら、細い針で前立腺を刺して組織を採取します。初回の生検では10~12カ所の組織採取を行います。


前立腺生検でがんが発見されなかった場合にも、PSA検査を継続し、PSA値が上昇する場合には再生検が必要になることがあります。


前立腺生検の合併症には、出血、感染、排尿困難などがあります。頻度の高いものは血尿、血便、精液に血が混じる血精液です。重篤な感染症はまれですが、生検のあとに発熱などがある場合には担当医に報告することが必要です。


4)画像診断
画像診断ではCT検査、MRI検査、骨シンチグラフィ検査などを必要に応じて行います。
CT検査では、リンパ節転移の有無や肺転移の有無を確認するために行われます。MRI検査では、がんが前立腺内のどこにあるのか、前立腺の外へ浸潤がないか、リンパ節へ転移がないかなどを調べます。
CT検査、MRI検査ともに、造影剤を使用するため、アレルギー反応が起こることがあります。薬剤によるアレルギー反応を起こした経験のある方は担当医に申し出てください。
骨シンチグラフィ検査では、骨転移があるかどうかを調べます。


○分類
1)TNM分類


T:がんが前立腺の中にとどまっているか、周辺の組織・臓器にまで及んでいるか。
N:前立腺からのリンパ液が流れている近くのリンパ節へ転移しているか。
M:離れた臓器への転移(遠隔転移)があるか。


T1 直腸診で明らかにならず、偶然に発見されたがん
 T1a 前立腺肥大症などの手術で切り取った組織の5%以下に発見されたがん
 T1b 前立腺肥大症などの手術で切り取った組織の5%を超えて発見されたがん
 T1c PSAの上昇などのため、針生検によって発見されたがん
T2 直腸診で異常がみられ、前立腺内にとどまるがん
 T2a 左右どちらかの1/2までにとどまるがん
 T2b 左右どちらかだけ1/2を超えるがん
 T2c 左右の両方に及ぶがん
T3 前立腺をおおう膜(被膜)を越えて広がったがん
 T3a 被膜の外に広がっているがん(片方または左右両方、顕微鏡的な膀胱への浸潤)
 T3b 精のうまで及んだがん
T4 前立腺に隣接する組織(膀胱、直腸、骨盤壁など)に及んだがん
N0 所属リンパ節への転移はない
N1 所属リンパ節への転移がある
M0 遠隔転移はない
M1 遠隔転移がある



2)リスク分類
転移のない前立腺がんは、3つの因子(T-病期、グリーソンスコア、PSA値)を用いて低リスク群、中間リスク群、高リスク群に分けられます。


NCCNのリスク分類
低リスク:病期T1~T2a、グリーソンスコア6以下、PSA値10ng/mL未満
中間リスク:病期T2b~T2c、グリーソンスコア7、または PSA値10~20ng/mL
高リスク:病期T3a、グリーソンスコア8~10、または PSA値20ng/mL以上


グリーソンスコア(Gleasonスコア)は、前立腺がんの悪性度を表す病理学上の分類です。グリーソンスコアが6以下は性質のおとなしいがん、7は中くらいの悪性度、8~10は悪性度の高いがんとされています。


○治療の選択
前立腺がんの主な治療法は、監視療法、手術、放射線治療、内分泌療法、化学療法です。
複数の治療法が選択可能な場合があります。PSA値、腫瘍の悪性度(グリーソンスコア)、リスク分類、年齢、期待余命、患者さんの治療に対する考え方などを基に治療法を選択していきます。


生殖能力について
がんの治療が、生殖能力に影響することがあります。将来子どもをもつことを希望している場合には、妊孕にんよう性温存治療法(妊娠のしやすさを保つ治療)が可能か、治療開始前に担当医に相談してみましょう。



監視療法、組織内照射療法は、低リスク群では選択が可能です。手術や放射線治療は低リスク・中間リスク・高リスク群のいずれでも選択可能です。高リスク群に対して放射線治療を実施する場合には長期間の内分泌療法を併用することが推奨されています。
近くの臓器に及んだがんは、放射線治療、内分泌療法などを行います。手術を行うこともあります。
転移があるがんは内分泌療法や化学療法などを行います


○監視療法
監視療法とは、前立腺生検で見つかったがんがおとなしく、治療を開始しなくても余命に影響がないと判断される場合に経過観察を行いながら過剰な治療を防ぐ方法です。監視療法では、3~6カ月ごとの直腸診とPSA検査、および1~3年ごとの前立腺生検を行い、病状悪化の兆しがみられた時点で、治療の開始を検討します。手術などの治療に伴う患者さんの苦痛や生活の質の低下を防ぐためにも、監視療法は広く普及しており、重要視されています。


監視療法が適している状態とは、PSA値が10ng/mL以下、病期がT2以下、グリーソンスコアが6以下で、その他の指標も含めて総合的に判断されます。監視療法ではPSA値を3カ月から6カ月ごとに測定して、その上昇率を確認します。PSA値が倍になる時間(PSA倍加時間)が2年以上と考えられる場合には経過観察を続けます。


○手術療法
別記事参照


○術後合併症
(1)尿失禁
手術の際に、尿の排出を調節する筋肉(尿道括約筋)が傷つくことで、尿道の締まりが悪くなり、咳せきをしたときなどに尿が漏れることがあります。これを防ぐために、できる限り手術中に神経や尿道括約筋の温存を行いますが、完全に防ぐことは難しいのが現状です。尿失禁は、多くの場合手術後数カ月続きますが、半年ほどで生活に支障ない程度に回復します。しかし、完全に治すことは難しい場合もあります。


(2)性機能障害
手術直後は、ほぼ確実に勃起障害が起こります。勃起障害の回復は、神経温存の程度、年齢、術前の勃起能などで異なりますが、完全に戻ることは難しいのが一般的です。た
だし、神経を温存した手術後の勃起障害には飲み薬での治療も有効といわれています。
○関連する疾患


尿失禁に対するリハビリテーション
尿失禁を改善するためには、尿道周囲の筋肉(骨盤底筋)を鍛える骨盤底筋体操が効果的といわれています。骨盤底筋体操は治療後だけでなく、特に手術を予定している人は、手術を行うと決めたときから実施することが推奨されています。骨盤底筋体操は、あおむけ、四つんばいなどの体勢をとり、意識して肛門をキュッと締め、5つ数えて緩めるという動作を繰り返します。1セット10~20回程度で1日4回を目安に行います。これ以外にも、排尿を途中で止めたりする訓練も行っていきます。また、積極的に散歩などの活動をすることで、骨盤底筋の強化につながります。


○転移
前立腺がんでは骨、肺、リンパ節への転移が多いとされています。転移がみられる場合には、内分泌療法や化学療法が実施されます。


○再発
(1)手術療法のみを受けた場合
一般的に、2~4週あけて測定したPSA値が2回連続して0.2ng/mLを超えた場合、再発の疑いがあると考えられ、救済療法(再発した際に行う治療)として放射線治療や内分泌療法が検討されます。放射線治療を始める場合はPSA値0.5ng/mL未満の段階で開始することが勧められます。また、PSAが倍の値に上昇するまでにかかる時間(倍加時間)が10カ月以内、またはグリーソンスコアが8~10などの場合には、内分泌療法が検討されることもあります。


(2)放射線治療のみを受けた場合
治療後のPSA最低値から2ng/mL以上の上昇がみられると、再発の疑いがあると考えられ、それぞれの状況に合わせて経過観察や内分泌療法などが検討されます。


(3)内分泌療法を受けた場合
内分泌療法によって、がんの進行がとどまっていたものが、再びPSA値が上昇した場合、あるいは臨床的な再発の症状(局所再発や遠隔転移)がみられた場合を再燃といいます。再燃した場合には内分泌療法の種類を変更したり、化学療法を行ったりします。PSA値は場合によって誤差(真の値と測定値の差)が出ることがあります。そのため経過観察を行う場合もあります。痛みなどの症状があるときには症状を緩和する治療も行います。


・前立腺肥大症(BPH)
前立腺肥大症は、前立腺の細胞数が増加する良性の疾患で、高齢に伴い増える病気です。尿が出にくい、尿の切れが悪い、排尿後すっきりしない、夜間にトイレに立つ回数が多い、我慢ができずに尿を漏らしてしまうなどの前立腺がんと似ている排尿の症状があります。前立腺がんと同時に起こることもあります。